最高裁判所第二小法廷 昭和57年(あ)1423号 決定 1982年12月20日
本籍
長野県更埴市大字稲荷山八八八番地
住居
東京都足立区鹿浜三丁目九番五号
医師
宮坂保男
大正一一年四月一六日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五七年九月二七日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人高橋秀忠の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 木下忠良 裁判官 監野宜慶 裁判官 宮崎梧一 裁判官 大橋進)
○ 昭和五七年(あ)第一四二三号
被告人 宮坂保男
弁護人高橋秀忠の上告趣意(昭和五七年一一月二四日付)
第一点 原判決は憲法三九条(刑事法規の不遡及)の違反があり、原判決は破棄されなければならない。
一、第一審及び控訴審は、最高裁判所昭和四七年(あ)第一三四四号、昭和四九年九月二〇日判例を引用し、本件につきいわゆる青色申告承認の取消益がほ脱税額を構成するとしている。
二、しかしながら、当弁護人は右判断に納得することはできないし、また国民の素朴な法感情からしても、右判断は変更されるべきである。
三、即ち、青色申告者たる被告人が、申告行為(ないしは納税行為)時には青色専従者給与等の青色特典を損金算入をしたうえで事業所得を算出することは適法であったはずである。なぜなら、たとえ本来青色申告承認が取消されうる事例の場合であっても、青色申告承認の取消という行政処分がなければ、青色特典が認められることについては争いがないからである。つまり、青色申告承認の取消行為があってはじめて青色特典が認められないこととなるのである。原判決はそれが三年前に遡って取消された場合は、その遡及効として青色申告承認の取消益分が、ほ脱税額を構成することとなると判断したものである。この原判決の判断は取消行為という行政処分が刑事的に遡及適用される関係となる。しかも右取消処分は裁量行為で、かつ、形成的処分である。憲法の規定する「刑事法規の不遡及」の「刑事法規」にはこのような行政処分も含まして考えるべきである。従って、いわゆる青色申告承認の取消益がほ脱税額を構成するという原判決は、憲法三九条の刑事法規の不遡及に違反するものであり、かつ、前掲最高裁判所判決は変更されて然るべきものである。なお、この点に関する弁護人の主張の詳細は、別添の控訴趣意書に述べているので、これを援用することにする。
第二点 原判決は、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められ、判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある。
一、原判決は、いわゆる青色申告承認の取消益をほ脱税額に含ませているが、この点については第一点において弁護人は憲法違反を主張するものであるが、万が一、それが認められないとしても、青色申告承認の取消益をほ脱税額に含ましめることは所得税法二三八条第一項の法令解釈を誤り、それに違反するものである。
二、所得税法第二三八条一項は、故意犯のみを規定したものであって、過失犯は除外されることは規定の体裁上明白である。本件については、被告人は申告行為(ないしは納付行為)時には、青色申告の承認を受けていたのであるから、当該行為時には被告人としてはいわゆる青色特典の損金算入ができるものと確信していたものである。このような者に対しほ脱の故意ありとすることはできない。これはいわゆるほ脱の故意について個別的認識説によらず、概括的認識説をとっても同様である。
原判決はこの点に関し、被告人は青色申告承認の取消について予見可能性があったとして、この問題を判断処理したものの如くであるが、仮りに第一点の刑罰不遡及に違反しないと判断する以上、その判断の前提は必然的に青色申告承認の取消行為が形成的処分でなく、確認的処分だとせざるを得ないからほ脱の故意と行政庁の裁量行為である青色申告承認の取消に関する予見可能性とは関係のないこととなり原判決は理論に矛盾があり失当であるといわざるを得ない。
そもそもほ脱の故意を青色申告承認の取消に関する予見可能性で補なうことができるかどうか、右行政処分が裁量行為であり、かつ、形成的処分であることを考え合わせると、大いに疑問である。むしろ原判決は故意を擬制しているものと評価せざるを得ない。
三、本件において、因果関係についても原判決は判断を誤っている。即ち青色申告承認の取消益をほ脱税額に含ませるとする原判決は、その因果の過程において、行政庁の裁量行為たる青色申告承認の取消行為が介在することを無視したものである。右行政処分によって因果関係の中断ないし、相当因果関係がないものとなるのである。
四、以上、ほ脱の故意及び因果関係に関する弁護人の主張(詳細は別添の控訴趣意書も援用する)からすれば所得税法第二三八条一項のほ脱税額の中には青色申告承認の取消益を含まないと解釈すべきところ、これに反する原判決は明らかな法令違反である。
五、 右ほ脱税の如く本件において除かれるべきほ脱税額は原判決の認定したほ脱税額の約二割に相当するものであって、特にほ脱税額を基準としてその約三割を量刑する罰金額に大きな影響を及ぼすものであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。
第三点 原判決は、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められ判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認がある。
一、原判決は被告人の妻宮坂喜和子の稼動分について、被告人との共同経営を認めていない。しかし、その理由とするところはいずれも外観上の形式的理由にすぎず、実質的には医師としての資格ある妻との共同経営であった。従って、この妻の稼動分を被告人の収入とし、かつ、ほ脱税額に含ませるのは、これを破棄しなければ著しく正義に反し、かつ、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があるといわざるを得ない。
第四点 原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる量刑の甚しい不当が存する。
右に関しては別添の控訴趣意書第三量刑の不当をそのまま援用主張するものである。なお、附言すれば第二審判決後においても被告人は脱税とされた税金の分割納付を続行している。
以上